東京大学大学院工学研究科
ハイドロゲル(以下、ゲルと略)は、高分子の三次元網目が水を吸収して膨らんだ物質であり、オムツやソフトコンタクトレンズ、食品として身近な物質である。また、生物の軟部組織も類似の構造・組成をもつゲルであることから、生体組織のモデル物質という観点や、医用材料としての応用可能性から注目を集めている。ゲルの構造・物性相関を精緻に理解することは、これらの目的を達成するためのスタート地点であり、ゲル科学において極めて重要な位置を占める。しかしながら、ゲルの網目構造は本質的に不均一であり、また、網目構造の可視化も最先端の顕微鏡技術を持ってしても不可能であるために、網目構造を定量的に表現することができない。そのために、ゲルの構造・物性関係を予測する理論の実験的検証は不可能であり、従来理論は粗い予測を与えるものとして取り扱われてきた。
それに対して、我々は、従来、常識であるとされた不均一性を抑制した一連のゲル群を合成することが、ゲルの本質的な理解の出発点になると発想し、世界に先駆けて構造が均一なゲル群(Tetraゲル)を設計・開発した。Tetraゲルは、2種類のお互いに結合可能な官能基を持つ四分岐のプレポリマーから合成される。この分子設計は、形成される網目構造の自由度を限局するために、ゲルの持つとされるいくつかの不均一性が原理的に生じない。また、Tetraゲルは、①プレポリマーの分子量、②プレポリマー濃度、③プレポリマー間の結合率と言う、3つの独立な制御因子により規定できるゲル群を与える。我々は、これらの制御因子を調整したTetraゲルに対して網羅的に物性を測定することで、構造・物性相関を精緻に調査した。その結果、Tetraゲルの様々な物性を、3つの独立因子を変数とする関数として記述することに成功した。このような、実験に立脚した精緻なゲル科学(精密ゲル科学)を推進することで、「ゲル弾性に潜む負のエネルギー弾性」や「浸透圧の普遍的状態方程式」、「ゲルの不均一性の定量化」などが発見された。本講演では、これらの内容について概説する。
このような基礎科学への取り組みと並行して、我々は、Tetraゲルをプラットフォームとして用い、医療用ゲルの開発も行なっている。Tetraゲルの構造物性相関は定式化されているために、最短で、1週間以内という圧倒的高速でプロトタイピングが可能である。Tetraゲルは、狙ったタイミングで液体から固化し、狙った物性を持ち、狙ったタイミングで分解させることが可能であり用途に合わせて、様々なゲルを設計することが可能である。我々は、この合理的な設計法により、止血剤や、癒着防止剤、再生医療足場材料などの医療用ゲルの開発も行なっている。本講演では、これらの実用化研究の現在地についても紹介する。